【定住者】告示第8号 国が“謝罪”のために作った、ただ一つの特例の在留資格。
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<日本において有する身分又は地位>
法務大臣が特別な理由を考慮し一定の在留期間を指定して居住を認める者
<該当例>
第三国定住難民、日系3世、中国残留邦人等
<在留期間>
5年、3年、1年、6月又は法務大臣が個々に指定する期間(5年を超えない範囲)
告示第8号:「中国残留邦人等に関する規定」
【定住者】告示第8号とは何か?なぜこの制度が存在するのか?
出入国管理及び難民認定法(入管法)に定められた「定住者」という在留資格には、日系人や国際結婚の家族を受け入れるための様々なルール(告示)が存在します。しかし、本書で取り上げる「定住者告示第8号」は、それらのどれとも異なる、極めて特殊で、重い歴史的背景を持った条文です。
この第8号は、就労目的や一般的な国際結婚のために作られた制度ではありません。第二次世界大戦の終戦の混乱の中、異国の地に置き去りにされ、過酷な運命を生き抜かなければならなかった「中国残留邦人(ちゅうごくざんりゅうほうじん)」の方々と、「そのご家族」を日本へ迎え入れ、安心して生活していただくために、国家の責任として創設された「歴史的・人道的な救済ルート」なのです。
なぜ、このような特別な制度が必要だったのか?
時計の針を1945年(昭和20年)8月に戻す必要があります。当時、旧満州国(現在の中国東北部)などには多くの日本人が入植していましたが、ソ連軍の侵攻と日本の敗戦という大混乱の中、逃避行の末に多くの命が失われました。その結果、肉親と死別したり、生き延びるために現地の中国人の養父母に預けられたりして、帰国手段を絶たれたまま中国に取り残された幼い日本人孤児や婦人たちが数多く存在しました。これが「中国残留邦人」と呼ばれる方々です。
1972年の日中国交正常化以降、長い年月を経てようやく彼らの肉親探しや日本への永住帰国が本格化しました。しかし、帰国を果たそうとした時、彼らはすでに高齢に達しており、中国の地で築いた家族(中国人の配偶者や、中国で生まれ育った子供たち)がいました。日本語も不自由で、日本の習慣も分からない残留邦人の方々が、祖国である日本で自立して平穏な余生を送るためには、「長年中国で苦楽を共にしてきた家族の支え(介護や生活の補助)」が絶対に不可欠でした。
既存の法律では救えなかった「家族の絆」
ここで、大きな法的な壁が立ちはだかりました。通常の入管法のルールでは、外国籍の配偶者や、すでに成人している子供、あるいは幼い頃から育ててきた養子などを、まとめて「家族」として日本に呼び寄せ、安定して定住させることは非常に困難だったのです。
「国家の過ちと戦争の犠牲となり、何十年も異国で苦労を重ねた同胞を、家族と引き離したまま帰国させるわけにはいかない」「国には、彼らとその家族の日本での定着と自立を、法的に支援する歴史的・道義的責任がある」。
こうした理念に基づき、通常のビザの枠組みを超えて、中国残留邦人本人とその配偶者、子供、さらには幼少期から育ててきた養子や連れ子に至るまで、彼らの生活を支える「家族という単位」を包括的に日本へ受け入れるための特別な受け皿として制定されたのが、この「定住者告示第8号」なのです。
誰のための制度か(第8号の全体像)
そのため、第8号の条文は、対象者を極めて緻密に分類しています。1945年当時から中国に居住していた「残留邦人ご本人」をはじめ、その方々から中国で生まれた「実子」、日本へ帰国してからの生活を支えるための「配偶者」や「親族」、さらには6歳未満から同居して育ててきた「養子や連れ子」など、残留邦人の方々の人生に寄り添ってきた人々が、この条文の対象(適用者)として明記されています。
第8号は、単なる出入国のルールではありません。戦争によって引き裂かれた人々の人生を繋ぎ直し、祖国での穏やかな暮らしを法的側面から保障するための、国家による「約束の条文」です。ここでは、この第8号がどのような人々の、どのような事情を救うために構成されているのか、その複雑かつ温かな法理の全体像を、条文とともに解き明かしていきます。
告示第8号は、対象者を「イ・ロ・ハ・ニ・ホ」の5つの類型に分けています。
【イ・ロ・ハ】中国残留邦人ご本人と、その直接の子孫
【イ 】:「中国残留邦人の『ご本人(第1世代)』」
「条文」
八 次のいずれかに該当する者に係るもの
「イ」
中国の地域における昭和20年8月9日以後の混乱等の状況の下で本邦に引き揚げることなく、同年9月2日以前から引き続き中国の地域に居住している者であって、同日において日本国民として本邦に本籍を有していたもの。
【イ】は、家族ではなく「中国残留邦人の『ご本人(第1世代)』」そのものを定義し、受け入れるための条文です。
法律の条文には、通常「具体的な日付」が刻まれることは稀です。しかし、この条文には「昭和20年8月9日」と「昭和20年9月2日」という、日本にとって決して忘れてはならない2つの日付が明確に刻み込まれています。それがなぜなのか、徹底的に解剖します。
要件のすべてと「なぜそのような要件(日付)になるのか」
この条文は、「誰が中国残留邦人(ご本人)なのか」を法的に厳格に定義するため、以下の要件を満たすことを求めています。
【要件①】
「昭和20年8月9日」以後の混乱等により、日本に引き揚げられなかったこと
なぜこの日付になるのかの歴史的原因
昭和20年(1945年)8月9日は、ソビエト連邦(当時)が日ソ中立条約を破棄して旧満州国(現在の中国東北部)に突然侵攻を開始した日です。この日を境に、現地の日本人は逃避行を余儀なくされ、親との死別や生き別れが大量に発生しました。残留邦人問題が生まれる「直接の起点」となったこの日を、法律上の明確な基準として設定しています。
【要件②】
「昭和20年9月2日」以前から引き続き中国に居住していること
なぜこの日付になるのかの(歴史的原因)
昭和20年9月2日は、日本政府が降伏文書(ポツダム宣言受諾)に調印し、第二次世界大戦が公式に終結した日です。この終戦の日より前から中国に住んでおり、その後もずっと中国に取り残されていた事実を求めています。「戦後に自らの意思で中国へ渡った人」をこの救済枠から除外し、あくまで「戦争の犠牲として取り残された人」に限定するための要件です。
【要件③】
同日(昭和20年9月2日)において、日本国民として日本に「本籍」を有していたこと
なぜこの要件になるのかの理由
終戦の時点で、法律上「日本人(日本国籍保持者)」であったことを証明するためです。戦前の日本の戸籍(本籍)を持っていたことが、彼らが間違いなく日本の同胞であることの絶対的な証拠となります。
【最大の謎】なぜ「日本人」に「外国人の在留資格(定住者)」が必要なのか?
読者の皆様はここで最大の疑問を抱くはずです。
「終戦時に日本の戸籍(本籍)があった日本人なら、日本に帰国するのに『在留資格』など不要ではないのか? なぜわざわざ外国人が使う在留資格『定住者』の条文が用意されているのか?」
ここに、この第8号【イ】が存在する、最も深く、そして悲しい法的な理由があります。
法的理由と原因(戸籍の喪失と国籍の壁)
中国に取り残された方々の多くは、長期間行方不明であったため、日本の親族によって「戦時死亡宣告」が出され、戸籍から「死亡」として抹消(除籍)されてしまっていました。また、生き延びるために中国の養父母に育てられ、中国国籍を取得しているケースが大半でした。
つまり彼らは、血筋は100%日本人でありながら、日本へ帰国しようとした時点では「日本の戸籍がなく、中国のパスポートを持った『法律上の外国人』」になってしまっていたのです。
日本の戸籍を復活させる「就籍(しゅうせき)」という裁判手続きには、膨大な時間と証拠調べが必要です。国は、「戸籍が復活するまで日本に入国させない」という非人道的な対応をとるわけにはいきません。
そこで、「まずは中国国籍(外国人)のままであっても、ただちに日本へ入国し、安心して永続的に暮らせるようにするための最強の受け皿」として、この定住者告示第8号【イ】を特別に用意したのです。
適応する人・しない人の「具体的」な事例
【要件に適応している人(適用される人)の具体例】
事例
旧満州で生まれ、中国の養父母に育てられた孤児のAさん
Aさんは昭和18年(1943年)に旧満州で生まれました。昭和20年8月9日のソ連侵攻の逃避行で両親とはぐれ、現地の中国人に拾われて育てられました(要件①②を満たす)。日本の戸籍では死亡扱いになっており、現在は中国国籍を持っています。しかし、血縁調査によって日本にいる親族が判明し(要件③を満たす)、日本への永住帰国を希望しました。
適応する理由
Aさんは終戦時に日本の本籍を持っていた残留邦人「ご本人(第1世代)」であるため、中国のパスポートのまま、この8号【イ】によって「定住者」として速やかに日本に迎え入れられます。(※その後、日本でゆっくりと戸籍を復活させる手続きをとります)。
【適用しない人(不許可になる人)とその原因】
事例
終戦後に生まれた子供(残留邦人2世)のBさん
Aさん(残留邦人)が中国で結婚し、昭和40年(1965年)に生まれた実子のBさん。
適用しない原因
Bさんは「昭和20年9月2日以前から居住していた」という日付の要件や、「当時日本の本籍を持っていた」という要件を満たしません。したがって、この【イ】の条文の対象(第1世代)からは外れます。
※ただし、Bさんのような子供たちは見捨てられるわけではなく、第8号の【ロ】や【ニ】といった、第2世代以降を救済するための別の専用条文によって日本に受け入れられます。【イ】はあくまで「ご本人」専用のゲートなのです)。
「除く規定」と「素行善良要件」について
除く規定(除外規定):なし
第8号には「(〇〇を除く)」という他の制度との重複を避ける規定が存在しません。なぜなら、国家の歴史的責任において保護すべき最優先の対象であり、他のいかなる在留資格の要件よりも優先してこの枠組みで保護すべきだからです。
素行善良要件:なし
当然ですが、この条文に「素行が善良であるもの(無犯罪証明書の提出)」という要件は一切ありません。自国の政策と戦争によって異国に置き去りにした自国民(同胞)に対し、「犯罪歴がないことを証明しなければ入国させない」と条件をつけることは、国家としてあり得ないからです。
定住者告示第8号【イ】。
それは、他の条文のように「外国人の方をどう管理するか」という視点で作られたものではありません。「失われた日本の戸籍の代わり」として、あるいは「同胞を祖国へ迎え入れるための無条件のパスポート」として機能する、入管法の中でも最も重い歴史を背負った条文です。
「昭和20年8月9日」と「昭和20年9月2日」。
この2つの日付の間に刻まれた無数の悲劇を直視し、国家としての責任を果たすための法的な決意が、この短い条文の中に間違いなく存在しています。
【ロ】:「前記イ(残留邦人本人)」を両親として生まれた子」
「条文」
八 次のいずれかに該当する者(第一号から第七号までに該当する者を除く。)に係るもの
ロ 前記イを両親として昭和二十年九月三日以後中国の地域で出生し、引き続き中国の地域に居住している者
要件のすべてと「なぜそのような要件になるのか」
この条文を満たし、8号【ロ】の定住者として認められるためには、以下の3つの絶対条件をすべて満たす必要があります。
【要件①】「前記イ(残留邦人本人)」を両親として生まれたこと
内容
前項【イ】で定義された「昭和20年8月9日以後の混乱で中国に取り残された日本人(第一世代)」を親に持っている必要があります。
なぜこの要件になるのか(理由)
この制度の目的は「日本の血を引く同胞の帰還支援」だからです。親が第8号【イ】に該当する正当な残留邦人であることを前提とし、その血統を継ぐ子供を「二世」として保護の対象としています。
【要件②】「昭和二十年九月三日以後」に中国で出生したこと
内容:
終戦の翌日である1945年9月3日以降に生まれたことが条件です。
なぜこの日付になるのか(歴史的原因)
昭和20年(1945年)9月2日は、日本が降伏文書に調印し、第二次世界大戦が公式に終結した日です。
※ 9月2日以前に生まれた人は、本人も戦乱を経験した「第一世代(イ)」として扱われる可能性があります。
9月3日以降に生まれた人は、完全に「戦後の混乱期以降に中国で生まれた世代」となります。 この日付によって、本人(イ)と、その子供(ロ)という世代の法的な区切りを明確に設けているのです。
【要件③】引き続き中国の地域に居住していること
内容
出生から現在に至るまで、継続して中国に住んでいる必要があります。
なぜこの要件になるのか(理由)
「戦争によって中国に取り残され、帰る手段がないまま中国で一生を過ごしてきた人々」を救済することが法の趣旨だからです。第三国へ移住した人などは、この人道的な救済枠の本来の対象から外れるという判断がなされています。
なぜこの制度が必要なのか(人道的な背景)
第8号【イ】で解説した理由と同様、8号【ロ】の対象者(二世)もまた、悲劇的な状況に置かれています。
彼らは日本人の親から生まれましたが、親が中国に取り残されたために、本人も中国で生まれ、中国国籍を取得せざるを得ませんでした。日本の戸籍では親が「死亡扱い(戦時死亡宣告)」になっていたため、子供である彼らの出生が日本の戸籍に登録されることもありませんでした。
つまり、「血統は日本人だが、戸籍も国籍も持たない外国人」として扱われてきたのです。彼らが親と共に日本へ永住帰国しようとした際、外国人としてではなく「本来日本人であるべき同胞」として、無条件に近い形で受け入れるための法的権利を保証しているのが、この8号【ロ】です。
適応する人・しない人の「具体的」な事例
【要件に適応している人(適用される人)の具体例】
事例
残留邦人の父を持つ、中国生まれの二世Aさん Aさんの父親は、昭和20年8月9日のソ連侵攻で家族を失い、中国に残された「残留邦人(8号イ)」です。
Aさんは、戦後の昭和25年(1950年)に中国で生まれ、現在まで中国で暮らしてきました。父親が日本へ永住帰国することになり、Aさんも一緒に日本へ帰りたいと考えました。
適応している理由
父が8号【イ】の該当者であり、Aさんは「9月3日以降に中国で出生」し、「引き続き居住」しているため、8号【ロ】の要件を完璧に満たします。
【適用しない人(不許可になる人)とその原因】
事例①
終戦前に生まれたBさん Bさんは昭和19年に満州で生まれ、そのまま親と中国に残留しました。
適用しない原因
Bさんは昭和20年9月3日よりも前に生まれています。この場合、Bさんは「子供(ロ)」ではなく、「残留邦人本人(イ)」として審査されるべき対象となり、8号【ロ】の要件には適合しません。
事例②
第三国へ移住したCさん 残留邦人の子として中国で生まれましたが、その後ブラジルへ移住し、ブラジル国籍を取得して暮らしていました。
適用しない原因
「引き続き中国の地域に居住している」という継続居住要件を満たさないため、8号【ロ】の対象からは外れます。
素行善良要件と除く規定について
素行善良要件:なし
第8号【イ】と同様、条文に「素行が善良であるもの」という記載はありません。歴史的責任に基づく帰還支援であるため、未犯罪証明書の提出などを条件として入国を拒むことはしないという、人道的な配慮がなされています。
除く規定(柱書)
第一号から第七号までに該当する者を除く これは、もしその人が「難民(1号)」や「日本人の配偶者等(5号など)」としてより適切な資格を持っているのであれば、そちらを優先するという交通整理です。しかし、残留邦人二世にとっては、この8号【ロ】こそが最も本来のアイデンティティに合致した最強の保護ルートとなります。
定住者告示第8号【ロ】。 それは、戦争によって「日本人として生きる権利」を奪われたまま異国で生まれた二世の方々に対し、日本国が差し伸べる救済の手です。
「昭和20年9月3日以後」という日付は、日本の戦後史そのものです。この日から始まった二世の方々の苦難を終わらせ、親と共に祖国の地を踏むための法的な橋渡しとして、この条文は存在し続けています。
【ハ】:サハリン残留邦人と「準ずる事情」の救済
今回は、定住者告示第8号の中でも、法律の枠組みが「入管」から「厚生労働省」へとリンクする極めて特殊で重要な条文、「定住者告示第8号ハ」についてです。
ここでは、出入国管理及び難民認定法(入管法)に基づく「定住者告示第8号ハ」の法的な構造と実務の真実を見ていきます。
前項の【イ】や【ロ】は、「中国の地域」に「特定の日付(昭和20年8月9日等)」から取り残された人々を厳格に定義する条文でした。しかし、戦争の混乱というものは、法律が定めた特定の場所や日付の枠内にきれいに収まるものではありません。中国以外の地域(樺太/サハリンなど)に取り残された人々や、特定の日付の要件からわずかに外れてしまったものの、同じように戦争の犠牲として異国での過酷な生活を余儀なくされた「同胞」が確実に存在しました。
この第8号【ハ】は、そうした「イ」や「ロ」の厳格な枠からはこぼれ落ちてしまうが、国家として絶対に救済しなければならない歴史的被害者」をすくい上げるための、極めて柔軟かつ強力なセーフティネットとして制定された条文です。
「条文」
八 次のいずれかに該当する者に係るもの
「イ」・「ロ」(中略)
ハ 中国残留邦人等の円滑な帰国の促進並びに永住帰国した中国残留邦人等及び特定配偶者の自立の支援に関する法律施行規則(平成六年厚生省令第六十三号)第一条第一号若しくは第二号又は第二条第一号若しくは第二号に該当する者
要件のすべてと「なぜそのような要件になるのか」
この条文の最大の特徴は、入管法単独で要件を定めるのではなく、「厚生労働省が定めた特定の法令(施行規則)に該当する者」と指定している点です。条文内にある「第一条」と「第二条」がそれぞれ誰を指しているのか、なぜこの要件になったのかを解説いたします。
1. 厚生省令「第一条(第一号・第二号)」に該当する者とは
内容
「中国の地域において、「イ」や「ロ」に準ずる事情にある者」として厚生労働省が認めた者です。
どのような人か
「【イ」や「ロ」で定められた「昭和20年8月9日」や「9月2日」という厳密な日付の要件や、当時の戸籍要件を完全には満たせないものの、歴史的経緯を個別に調査した結果、「間違いなく戦後の混乱で中国に取り残された日本人(またはその子孫)である」と国(厚生労働省)が認定した方々です。
2. 厚生省令「第二条(第一号・第二号)」に該当する者とは
内容
「中国以外の地域において、中国残留邦人と同様の事情にある者」として厚生労働省が認めた者です。
どのような人か(歴史的原因)
この条文が想定している最大の対象者は、「サハリン(旧・樺太)残留邦人」の方々です。昭和20年8月のソ連軍の侵攻により、樺太に取り残され、ソ連(現在のロシア)の統治下で帰国を絶たれた日本人です。彼らは「中国」にいたわけではないため、【イ】や【ロ】の条文では絶対に救済できません。そこで、この「第二条」という枠を設け、サハリン残留邦人等も中国残留邦人と全く同等の法的保護の対象としたのです。
【なぜこのような要件(他省庁の法令の引用)になるのか】
法的な理由
「誰が歴史的な戦争被害者(残留邦人)であるか」という事実認定は、出入国管理を専門とする「法務省(入管)」の管轄ではなく、戦後の援護行政を担当する「厚生労働省」の専門分野だからです。 入管法をその都度書き換えるのではなく、「厚生労働省が専門的調査を経て『残留邦人等』だと公式に認定した人物については、入管もそのまま無条件に【定住者】の在留資格を発行する」という、省庁間のシームレスな連携システムを構築するため、このような条文構造になっています。
適応する人・しない人の「具体的」な事例
【要件に適応している人(適用される人)の具体例】
事例
サハリン(ロシア)に取り残されていた日本人Aさん Aさんは戦前、日本の領土であった樺太(サハリン)で生まれました。終戦時のソ連軍侵攻により日本への引き揚げが叶わず、そのままロシア国籍としてサハリンで生涯を送ってきました。この度、厚生労働省の調査により「サハリン残留邦人」として公式に認定され、日本への永住帰国が決定しました。
適応する理由
Aさんは中国ではなくサハリンにいたため8号の【イ】や【ロ】には該当しませんが、厚生省令の「第二条(中国以外の地域で同様の事情にある者)」に該当すると厚生労働省から認定されているため、この8号【ハ】に完全に適応し、定住者の在留資格が与えられます。
【適用しない人(不許可・別の条文になる人)とその原因】
事例
サハリン残留邦人Aさんの「ロシア国籍の妻」Bさん Aさんの永住帰国に伴い、長年サハリンで苦労を共にしてきたロシア人の妻Bさんも一緒に日本へ入国しようとしました。
適用しない原因
妻のBさんは、この8号【ハ】には該当しません。なぜなら、【ハ】はあくまで「サハリン残留邦人“ご本人”」を定義する条文だからです。 (※ただし、妻Bさんが見捨てられるわけではありません。妻Bさんは、この次の条文である「8号【ニ】(永住帰国中国残留邦人等と生活を共にする親族)」という家族用の専用条文によって、同じく定住者として日本に迎え入れられます。適用される「条文の番号(役割)」が明確に分かれているということです)。
実務においての注意点や重要事項(プロの視点)
この8号【ハ】の手続きは、他のあらゆる在留資格の申請とは根本的に実務の流れが異なります。絶対に間違えてはならない重要事項を正確に解説します。
【重要事項①】審査の主導権は「入管」ではなく「厚生労働省」にある
実務上、この8号【ハ】の在留資格を取得するために、いきなり入管に「私は残留邦人です」と証拠を持って申請に行っても、入管は歴史的な事実調査を行いません。
実務の絶対ルール
申請者は、まず第一に「厚生労働省(または関係機関)」に対して身元調査を依頼し、歴史的な資料や証言に基づいて、自分が省令第一条または第二条に該当するという「認定(公的な証明書)」を厚生労働省から勝ち取る必要があります。入管の役割は、その「厚生労働省が発行した証明書類」を確認し、在留資格を発行することに限定されています。この順番を絶対に間違えてはなりません。
【重要事項②】素行善良要件の「完全免除」
定住者告示第3号(日系3世)などに見られる「素行が善良であること(母国の無犯罪証明書の提出義務)」は、この8号【ハ】には一切存在しません。 国家の歴史的責任において帰還を支援する同胞(ご本人)に対して、過去の犯罪歴の有無で入国を差別・拒否することは法の趣旨に反するため、この要件は完全に免除されています。
【重要事項③】家族(親族)の在留資格との明確な切り分け
前述の具体例でも触れましたが、8号【ハ】は「残留邦人ご本人(アンカー)」の法的地位を確立する条文です。 そのご本人を頼って共に日本へ入国する「配偶者」や「実子(20歳未満等)」については、必ず「8号【ニ】」の要件を満たすかどうかで審査されます。
「ご本人が【ハ】で認められたから、家族も【ハ】でいける」という解釈は実務上あり得ません。誰がご本人で、誰がその親族かによって、使用する条文を厳格に使い分けるのが入管実務の鉄則です。
定住者告示第8号【ハ】。 この条文は、入管法と戦後処理の法律(厚生労働省の法令)を繋ぐ、極めて重要な法的な「架け橋」です。
「中国」という文字だけでは救い切れない、サハリンなど別の地で涙を流した同胞たち。あるいは、戦後の大混乱の中で書類一つ残されていなかった孤児たち。そうした法の網目からこぼれ落ちそうになる人々を、国家の責任において最後の一人まで救済するという強い決意が、他省庁の法令をわざわざ引用するというこの特殊な条文構造に込められています。
【ニ】:永住帰国する残留邦人と一緒に日本に来る親族
定住者告示第8号の締めくくりであり、実務において最も複雑な条文。それが、永住帰国を果たす中国残留邦人を支える「家族(親族)」を呼び寄せるための【定住者】告示第8号「ニ」です。
なぜ、通常なら絶対に在留資格が下りないような「大人の子供」や「その配偶者」までもが日本に入国できるのか。そして、そこにはどのような厳しい実務上の「壁」が存在するのかを解説していきます。
これまで解説した第8号の【イ】【ロ】【ハ】は、いずれも「中国残留邦人ご本人(第一世代や第二世代)」の法的地位を確定し、日本へ帰国させるための条文でした。しかし、何十年も異国で暮らし、日本語も話せず、すでに高齢となっている彼らが、たった一人で日本に帰国して自立した生活を送ることは不可能です。
そこで国家は、「帰国する残留邦人の日本での生活を支え、介護し、共に生きていくための『伴走者(家族)』」を特別な枠組みで日本へ受け入れることを決定しました。それが、この第8号【ニ】です。この条文は、入管法が特例中の特例として認めた「親の介護のための家族移住ルート」なのです。
「条文」
八 次のいずれかに該当する者に係るもの
「イ」・「ロ」・「ハ」(中略)
ニ 中国残留邦人等の円滑な帰国の促進並びに永住帰国した中国残留邦人等及び特定配偶者の自立の支援に関する法律(平成六年法律第三十号)第二条第一項に規定する中国残留邦人等であつて同条第四項に規定する永住帰国により本邦に在留する者(以下「永住帰国中国残留邦人等」という。)と本邦で生活を共にするために本邦に入国する当該永住帰国中国残留邦人等の親族であつて次のいずれかに該当するもの
(ⅰ)配偶者
(ⅱ)二十歳未満の実子(配偶者のないものに限る。)
(ⅲ)日常生活又は社会生活に相当程度の障害がある実子(配偶者のないものに限る。)であつて当該永住帰国中国残留邦人等又はその配偶者の扶養を受けているもの
(ⅳ)実子であつて当該永住帰国中国残留邦人等(五十五歳以上であるもの又は日常生活若しくは社会生活に相当程度の障害があるものに限る。)の永住帰国後の早期の自立の促進及び生活の安定のために必要な扶養を行うため本邦で生活を共にすることが最も適当である者として当該永住帰国中国残留邦人等から申出のあつたもの
(ⅴ)前記(ⅳ)に規定する者の配偶者
5つの要件(適用される人)とその理由
※ 条文に記された(ⅰ)〜(ⅴ)の対象者が、なぜ入国を許されるのか見ていきます。
大前提として、彼らはすべて「永住帰国中国残留邦人等と日本で生活を共にする(=同居して支え合う)ため」に入国することが絶対条件です。
(ⅰ)配偶者
理由
残留邦人と異国で苦楽を共にしてきた夫や妻です。夫婦の結合権という人道上の理由から、当然に同伴が認められます。
(ⅱ)20歳未満の未婚の実子
理由
親の保護が必要な未成年の子供です。(※民法の成人年齢が18歳に引き下げられた後も、この告示上の表記は歴史的経緯や支援法の枠組みから「20歳未満」という独自の年齢基準が維持されています)。親の帰国に伴って扶養されるべき存在として認められます。
(ⅲ)重度の障害がある未婚の実子(年齢問わず)
理由
たとえ成人していても、重度の障害があり、残留邦人である親の扶養(世話)がなければ生きていけない子供です。人道上の理由から見捨てることはできないため、同伴が認められます。
(ⅳ)【最重要】介護者としての「大人の実子」
内容
55歳以上の高齢、または障害を持つ残留邦人親の「自立促進と生活安定のための扶養(介護や生活支援)」を行うために、親から「最も適当である」と指名された実子。
理由と原因
ここが8号【ニ】の最大の特例です。通常の入管法では「親の介護のために、海外から大人の子供を呼ぶ在留資格」は存在しません。しかし残留邦人は日本語の壁や高齢化により、言葉の通じる実の子供のサポートが生命線となります。そのため、「親の介護と生活支援を担うこと」を絶対の条件として、特別に大人の実子の入国を許可しているのです。
(ⅴ)上記(ⅳ)の実子の「配偶者」
理由
介護を担う大人の実子にも、自分自身の家庭(夫や妻)があります。親の介護のために子供の夫婦を引き裂くことは人道に反するため、介護を担う実子の「配偶者」もセットで入国が認められます。
適応する人・しない人の「具体的」な事例
【要件に適応している人(許可される人)の具体例】
事例
70歳の残留邦人Aさんと、中国にいる35歳の長男夫婦
Aさんは70歳で日本へ永住帰国を果たしました。しかし日本語が分からず、足腰も弱っています。そこでAさんは、中国に残っている実子のうち、最も頼りになる35歳の長男を「自分の日本での生活を支えてくれる最も適当な者」として国に申し出ました。
適応する理由
Aさんが55歳以上であり、長男は(ⅳ)の「最も適当な介護者」として、その妻は(ⅴ)の配偶者として要件に完全に合致するため、長男夫婦は定住者として日本に入国できます。
【適用しない人(不許可になる人)とその原因】
事例①
長男夫婦以外の「次男夫婦(30歳)」も呼びたい場合
適用しない原因
条文(ⅳ)には「最も適当である者として申出のあつたもの」と単数形で書かれています。これは実務上、「親の介護のために呼べる大人の子供は、原則として『1家族(1人の実子とその配偶者)』だけ」という強烈な制限を意味します。親の介護を理由に、複数の子供の家族を全員日本に呼び寄せることはできません。次男夫婦は適用外となります。
事例②
長男夫婦の「15歳の子供(=残留邦人Aさんの孫)」
適用しない原因
条文の(ⅰ)〜(ⅴ)のどこにも「孫」という文字はありません。大人の実子とその配偶者は呼べますが、彼らの子供(孫)は、この8号【ニ】の枠組みには一切入っていないのです。(※ここが残留邦人支援における最大の悲劇の一つであり、孫は別の告示などを必死に探して呼び寄せるか、中国に置いてくるという過酷な選択を迫られることがありました)。
素行善良要件と除く規定について
除く規定(除外規定):なし
第8号【ニ】には「(〇〇を除く)」という除外規定は存在しません。残留邦人の命を繋ぐための家族の呼び寄せであり、他の制度との競合を考える余地がないからです。
素行善良要件:なし
条文に「素行が善良であるもの」という記載は一切ありません。国家の責任で帰国した高齢の同胞を支えるという絶対的な目的の前に、家族の無犯罪証明書の提出などを要件として入国を阻むことはしないという法的判断です。
実務においての注意点や重要事項(プロの絶対的視点)
この8号【ニ】は、在留資格を取得して終わりではありません。実務上、入国した後に極めて重大な「責任」が待ち構えています。
【絶対的な重要事項】
「同居」と「扶養(介護)」の実態がすべて
条文の冒頭に「本邦で生活を共にするために本邦に入国する」と明記されています。
実務において最も厳しい目が向けられるのは、入国した(ⅳ)の長男夫婦などが、日本に来た後、本当に残留邦人の親と同居し、身の回りの世話をしているかという点です。
在留資格の取り消し・更新不許可の危険性
もし、長男夫婦が日本に入国した後、「親は国が用意した施設や公営住宅に放置し、自分たち夫婦は別の都市に行って工場でフルタイムで働き、自分たちの生活だけを謳歌している」という事実が入管に発覚した場合どうなるか。
これは、条文に規定された「早期の自立の促進及び生活の安定のために必要な扶養を行うため本邦で生活を共にする」という在留資格の根本目的(存在意義)への重大な違反となります。
このような「親をダシに使った在留資格の取得」とみなされた場合、【定住者】の在留資格の更新は冷酷に不許可となり、最悪の場合は母国への帰国を命じられます。
この在留資格は、決して「自由に日本で働くための切符」ではありません。「親の杖となり、共に日本で生きていくための誓約書」なのです。これが、8号【ニ】を取り扱う上での最大の注意点であり、法律の真の厳しさです。
定住者告示第8号【ニ】。
それは、日本語が通じない祖国へと帰還する残留邦人の方々にとって、暗闇を照らす唯一の光となる「家族」を呼び寄せるための条文です。
ここには、「配偶者」「未成年の子」「障害を持つ子」、そして「介護を担う大人の子とその妻」という、共に生きていくために最低限必要な5つのパーツが、見事なまでに緻密に組み込まれています。しかし、そこから「孫」が外れていたり、「介護者は1組だけ」という制限があったりと、国家が許容できる人道的救済の限界(冷徹な線引き)もまた、この条文にはくっきりと刻まれています。
【ホ】:帰還者と共に生きた「血の繋がらない子供たち」の救済
ここでは、出入国管理及び難民認定法(入管法)に基づく【定住者】告示第8号「ホ」の法的な構造と、実務の流れを見ていきます。
これまで解説した第8号は、【イ】【ロ】【ハ】で「残留邦人ご本人(第1・第2世代など)」を定義し、【ニ】で「その介護を担う配偶者や実子」を救済するものでした。
しかし、中国という過酷な地で生き抜いてきた残留邦人の方々の家族の形は、必ずしも「血の繋がった実子」だけではありませんでした。現地の中国人と結婚した際、その配偶者に「前婚の子供(連れ子)」がいるケースや、身寄りのない中国の孤児を「養子」として育て上げたケースが数多く存在したのです。
彼らは血こそ繋がっていませんが、幼い頃から同じ釜の飯を食い、本当の親子として生きてきた「真の家族」です。この「血の繋がらない子供たち」を、日本へ帰国する残留邦人から引き離すことなく、家族として日本へ迎え入れるための最後のセーフティネット。それがこの第8号【ホ】なのです。
「条文」
八 次のいずれかに該当する者に係るもの
「イ」・「ロ」・「ハ」・「ニ」(中略)
ホ 六歳に達する前から引き続き前記イからハまでのいずれかに該当する者と同居し(通学その他の理由により一時的にこれらの者と別居する場合を含む。以下同じ。)、かつ、これらの者の扶養を受けている、又は六歳に達する前から婚姻若しくは就職するまでの間引き続きこれらの者と同居し、かつ、これらの者の扶養を受けていたこれらの者の養子又は配偶者の婚姻前の子
要件のすべてと「なぜそのような要件になるのか」
この条文は、「誰を親とし、誰が子供であり、どのような歴史を共有してきたか」を極めて厳密に定義しています。
【要件①】呼び寄せる人(親)が「イ、ロ、ハ」のいずれかであること
内容
この条文を使える親は、残留邦人の第1世代(イ)、第2世代(ロ)、サハリン残留邦人等(ハ)に限定されます。
なぜこの要件になるのか
【ニ】で入国した「介護を担う実子」などは、この【ホ】の親にはなれません。あくまで歴史的被害者である「残留邦人ご本人」の家族のみを救済するという、厳格な枠組み(交通整理)です。
【要件②】「養子」または「配偶者の婚姻前の子(連れ子)」であること
内容
対象となるのは、実子ではなく、血の繋がらない子供です。
【要件③】同居と扶養の開始が「6歳に達する前」であること(絶対条件)
内容
残留邦人である親が、その子供を自分の家庭に迎え入れ、一緒に暮らし始めたのが「子供が6歳になる前」でなければなりません。
なぜこの要件になるのか(理由)
第7号(養子)と同じ防衛ロジックです。【定住者】の在留資格は労働力として極めて価値が高いため、10代の若者を「養子」や「連れ子」と偽装して日本で不法就労させるブローカーを完全に排除しなければなりません。「物心つく前の6歳未満から引き取り、育ててきたのであれば、それは労働目的の偽装などではなく、真実の親子の絆が形成されているはずだ」
と国が客観的に認めるための絶対ラインが、この「6歳」なのです。
【要件④】現在までの「2つのパターン」のいずれかに該当すること
※ ここが、通常の入管法ではあり得ない、8号【ホ】最大の特例(奇跡の法理)です。
パターンA(現在も扶養されている)
現在も未成年等で、引き続き同居し、扶養を受けている場合。
パターンB(すでに大人になり自立している)
「6歳になる前から、自分が結婚するか就職するまでの間」、引き続き親と同居し、扶養を受けていた場合。
なぜこのような特例があるのか(理由)
通常、外国の「連れ子」や「養子」は、大人になったり結婚したりした時点で「親の扶養から外れた」として在留資格の対象外(入国不可)となります。しかし、残留邦人の帰国事業は戦後何十年も経ってから行われました。「3歳の時に連れ子として育て始めた子供が、今は中国で40歳になり、結婚して働いている」といったケースが当たり前に存在したのです。
彼らに対し「大人になったから置いてきなさい」と言うのは、あまりに非人道的です。
そのため国は、「たとえ今は大人になり、結婚して独立していたとしても、幼少期(6歳未満)から就職・結婚するまでの間、親としてしっかり育て上げたという過去の歴史(実績)があるならば、真の家族として日本への同行を認める」という、極めて温情的な特例(過去の扶養実績による許可)を法律に書き込んだのです。
適応する人・しない人の「具体的」な事例
【要件に適応している人(許可される人)の具体例】
事例
残留邦人Aさんと、中国人の妻の「連れ子(現在35歳・既婚)」
残留邦人第1世代(イ)のAさんは、中国で中国人女性と結婚しました。妻には前夫との間に「4歳の息子Bくん」がおり、AさんはBくんを実の子のように育て上げました。Bくんは22歳で就職し、現在は35歳で結婚しています。Aさんが日本へ永住帰国することになり、本当の父親として慕うBくんも一緒に日本へ行きたいと希望しました。
適応する理由
Bくんは「配偶者の婚姻前の子(連れ子)」であり、「6歳になる前(4歳)」から同居・扶養され、「就職するまでの間」ずっと育てられました。現在は独立していますが、パターンBの要件を完全に満たすため、定住者として日本に入国できます。
【適用しない人(不許可になる人)とその原因】
事例
残留邦人Cさんが、妻の「8歳の連れ子」を引き取った場合
残留邦人のCさんが中国人女性と結婚した時、妻の連れ子は「8歳」でした。Cさんはその子を立派に育て上げましたが、一緒に日本へ行こうとしました。
適用しない原因
どれほど真実の愛で育て上げたとしても、条文の「6歳に達する前から引き続き」という絶対条件を満たしていません。偽装防止のための冷徹な基準により、法律上は機械的に不許可(適用外)となります。
素行善良要件と除く規定について
素行善良要件:なし
これまでの第8号と同様、この条文にも「素行が善良であること」という要件は一切ありません。国家の歴史的責任による家族の受け入れにおいて、無犯罪証明書を要求することは法の趣旨に反するためです。
除く規定(除外規定):なし
他の条文との優先順位を整理する「(〇〇を除く)」というカッコ書きも存在しません。この条文に該当する人は、この救済枠で守り抜くという意志の表れです。
実務においての注意点や重要事項
この8号【ホ】は、法律の理念は素晴らしいものの、実務においては「立証の難易度が全在留資格の中で最高クラスに難しい(不許可になりやすい)」という過酷な現実があります。
【重要事項①】「6歳未満からの同居」をどう証明するか
入管は「自称・6歳から育てました」という言葉を絶対に信用しません。
実務の壁
中国における「戸口簿(日本の戸籍や住民票にあたるもの)」や、当時の保育園・小学校の記録、公証人役場での証明書などをかき集め、「この子が5歳の時から、確かにAさんと同じ住所で暮らし、生計を一つにしていた」という客観的証拠(数十年も前の古い公文書)を提出しなければなりません。戦争や文化大革命の混乱で公的記録が失われていることも多く、この「過去の歴史の証明」が最大の壁となります。
【重要事項②】「一時的な別居」の落とし穴
条文には「(通学その他の理由により一時的にこれらの者と別居する場合を含む)」という救済のカッコ書きがあります。
実務の壁
中学や高校で「全寮制の学校に入った」等の理由による別居は、このカッコ書きにより同居が継続しているとみなされ、セーフです。
しかし、「親が出稼ぎに行って何年も離れて暮らしていた」「子供を遠くの親戚に何年も預けていた」といった場合は、『引き続き同居し扶養していた』とは認められず、連続性が途切れたとみなされて不許可になる危険性が極めて高いです。
実務では、この「別居の理由と期間」を詳細な理由書で合理的に説明し尽くす必要があります。
定住者告示第8号【ホ】。
それは、戦争がもたらした数奇な運命の中で、血の繋がりを超えて結ばれた「真の家族」を引き裂かないための、国が用意した奇跡のセーフティネットです。
「大人になった連れ子」であっても、幼き日(6歳未満)からの親の愛情と苦労の歴史が証明されれば、共に祖国の土を踏むことができる。法律という無機質なルールの奥底に、これほどまでに人間の情と歴史的責任に寄り添った条文が存在することを、ぜひ知っていただきたいと思います。
当事務所は、その良心に従い、誠意をもって、依頼者に寄り添って問題を解決させて頂くことをモットーとしております。そのため、お客様に帰責事由がない限り、不許可の場合には費用や報酬などの一切の料金をいただくことは予定していません。もちろん相談などは無料となっておりますので、何なりとおっしゃってくださいませ。
お問い合わせ
山本行政書士事務所 山本克徳
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